女学生日記

日常学校*
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春、と打てば、張る、が一発変換されていた今日までが、夕方クインテットも言うように今日、そして明日からは恐らく春になるのかもしれない、でも明日は気温が下がる。
苺大福


キュンというものは、擬態語か擬音語か。
という下らないことが、気になってしまって仕様がありません。
夜に見つけてしまった湯気の立つ白米とセットに置かれたやわらぎのメンマのようなものです。
涎が出ちゃって出ちゃって仕方ありません。

なので、
調べてみました。



キュン 擬音語 で検索した結果 1~10件目 / 約443件
キュン 擬態語 で検索した結果 1~10件目 / 約235件

擬音語らしいですよ。
けれど、それをお姉さまに伝えると、

「擬音語は、その状態にいる場合に際して実際に聞く事が可能である方を示し、事物の音や人・動物の声を表すのであって、擬態語である物事の状態や様子などを感覚的に音声化して表現する方が妥当ではないのか」

とのご意見。辞書を礼儀作法のように持ち出してくるならば、音響には直接関係のない事象の状態などを間接的に模倣し、象徴的に言語音に写したもの、だそうです。何だか格好良く言うものだね。



さて、今日は無意味に学校へ行きました。
久しぶりに制服を着ると、終りが近づいている事実を感ぜられます。
何と言うても似合わないの何の。
セーラー服こそ不似合の辱めが非道徳ではあるまいか。
そんなこともどこ吹く風だと決め込んで、袖を通して楽しく外出。本当の目的は、わからずじまい。けれど、取り敢えずという目的は、国語教諭に残り1ヵ月というところで、一体何をするべきかということを無理にでも聞き出そうという魂胆めいたものを決め出してこよう、というところです。定期も無駄に買ってしまったことの背徳感と、残りの生活をだらりと過ごすことへの罪悪感も相俟って通い慣れた、という用語を用えども、ただ足が覚えているだけの道行きを妙な心持で歩きました。
国語職員室の前を二回ほど通り過ぎ、目当ての教諭の不在に落胆し、せめて相談の専門家の所へと行くことを決心し、いざ開けてみれば、その部屋に目当ての教諭はいらっしゃりましたでござるのでした。しばし、相談をしましたが、明白に己が考えたような質問は出来ず、ただ収穫として読むべき本を少々聞き得たことは本日一つの喜びかな、と思い込むことを自らに言い聞かせ、学校を出たのでした。


帰りに大福と桜餅といちごと、ケーキを6つを買いました。
ケーキ屋の隣のパン屋から、とても良いにおいがしたので、残りほんのわずかの間に行ってみなければと思うのでした。




帰りに、地下から地上へ這い出るときに、お得意の春前に吹く風を直に浴びてしまい、その風の中にある、言い知れぬ生暖かさの細い糸が混じる、それを受けたこちらは不快と共に、あの嬉しさを思い出し、しかしこの風は何とも妙に曖昧で、だらりと口を開け放したままでいるような、それこそ気の抜けた印象さえも当てつけて来た気がした。春は何をするべきなのであろうか、と考えていること自体が馬鹿げている事に気が付くことさえも無意味なのか。


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2006.03.06 Mon      23:39
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